お嫁さんの涙

この仕事をさせていただいておりますと、さまざまなご家庭に伺います。そして、さまざまな家族関係、人間関係を学ばせていただきます。
 私達がしている仕事とは、単に高齢者の介護に関する支援だけでなく、その方を取り囲むご家族をも支援していくべきものだと思っており、常にご家族の思いや気持ちにも寄り添っていきたいと思っています。

 そんな中で、この言葉はとても使うのが嫌だなという言葉があります。それは「嫁」という言葉です。その言葉には、昔ながらの日本の家父長制に根ざした負の人間関係の響きを感じざるをえません。
 
20年ほど前であれば、家での介護の期間も、今のように医学も進歩してませんでしたから、そう長くはありませんでした。しかし、今では介護の期間もどんどん長くなっていますから、そこに介護の負担が「嫁」という立場であるがゆえに降りかかってきてしまうと、とても長期間、その手を取られることになります。

それでも、やはり、この仕事をしておりますと、この「嫁」という言葉を使わざるをえないことがしょっちゅうあります。それは、この東京とうい都市部であっても、まだまだ、そういった昔ながらの家族関係は続いていますし、その言葉でしか表現できない人間関係があるからです。

先日は、そんなお嫁さんの介護者の方の涙に遭遇する機会がありました。それは、姑さんの介護で長く苦労されたお嫁さんでした。いえ、介護の手間そのものは、他の高齢者の方と比べたとき、格段に大変ということはなかったと思います。認知症こそあれ、目立った特異な言動はありませんでしたし、食事、排泄などの面でも若干の手伝いをすれば、大体、できる方でありました。

しかし、そのお二人の間には、長年、蓄積していた嫁―姑という強い関係や葛藤の歴史がありました。私達、介護関係者がそのお年寄りに接するのと、そのお嫁さんが接するのも傍目には、さしたる違いはありません。

ですが、ご家族には、そこに至るまでの傷つけたり、傷つけられたりというようなさまざまな葛藤や確執を過ごされた時間の流れがあります。その過去の葛藤や感情を引きずりながらお世話をされているわけですから、心内では穏やかでいられるはずがありません。

そんなお嫁さんの精神的な負担の部分にも耳を貸しながら支援を長年してきましたが、先日、ついにその姑さんが施設へ入所される日がやってきました。

 私としましても、長年、そのお嫁さんの精神的な負担を何とか軽減したいという想いのもと、施設入所もやむなしかという想いでおりましたので、正直なところ施設への入所が決まった時にはほっとしました。これで、ようやく、お嫁さんの精神的な負担や葛藤も楽になると思いました。

しかし、その施設入所が決まった翌日、私がお嫁さんに電話をすると、電話口から聞こえてきたのは、お嫁さんの涙声でした。

< ・・・できることなら、ずっと家で、自分の手で面倒を見てあげたい。でも、最近は認知症も進んできて、この状態が続けば、いつかは見られなくなる。そんな時に、唐突に施設から入所の内諾の通知がやってきた。この通知を断ってしまえば、次はいつ、入所できるか分からない・・・>

苦渋の決断だったと思います。そして、おそらく、心内にこれまでの長い長い、葛藤と確執のドラマがよみがえっておられたのではないかと思います。

 家か施設か。「どちらを選んでもベストの選択肢がないのが、介護だと思うのです。ご主人の同意もあるわけですから、ご自分の健康第一で、施設入所を決断されてよいと思います。それに同じ屋根の下でいると、憎悪の感情しか沸いてこなくても、離れることで優しくなれることもあります。」

そして、無事、施設入所へと移られました。今も姑さんの認知症は進み、ご家族の顔すら忘れつつあるようです。胸は痛むことでしょう。でも、これでよかったのだと思います。これしかなかったのだと思います。

もうすぐ桜が咲き、満開になった頃、もしかしたら、姑さんは完全にお嫁さんや過去にあった確執関係なども覚えてない時が来るかもしれません。その時、きっと、お嫁さんは、なんだか、自分だけ「おいてけぼり」にされたような錯覚にとらわれるかもしれません。一抹の寂しさを感じられるかもしれません。

でも、その寂しさや心の葛藤を感じた事実、そのものが、また、そのお嫁さんの人生を豊かで濃いものにしているのではないかと思うのです。そう考えなければやりきれないと思うのです。

毎年、毎年、あっという間に散りゆく桜のはかなさと、さまざまなものを吸収してこそ太くたくましい幹に成長していく春の木々は、私達に、自然の摂理を教えてくれているのかもしれません。

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