震災と生活不活発病


 震災後、避難所の生活が報道されるようになり、しばらくすると「生活不活発病」という言葉が時々、聞かれるようになりました。
 
 我々、ケアサービスに関わる業界内では、耳慣れた言葉なのですが、まだまだ、一般市民の方にとっては耳慣れない言葉のようです。

 それは、読んで字のごとく生活が不活発になることによって発症する病気のことで、それまでは歩けていた人が歩けなくなったり、物忘れが進んだり、意欲がなくなったりと心身共に悪くなることが代表的です。

 震災時に必死の思いで避難して、助かったにも関わらず、「避難所」という空間で、食料の配給を待っているだけで、何もせず、寝たり起きたりだけの生活を続けていると、それまで介護の不要だった人まで、必要になってしまった例が非常に多かったことから問題視されるようになりました。

 特に震災時の避難所などでは、救援隊は正義感に燃え、避難者を「保護したい」「危険から遠ざけ、安静でいてほしい」と保護者的な心情になりますし、老人は老人で「勝手の分からない場所で自分勝手な振る舞いをすると返って迷惑をかける」と考えますから、避難所の老人が生活不活発病になってしまうのは必然といえるのかもしれません。

 そこで、長引く避難生活などでは、少しでも日々の生活を活性化するよう運動や体操をしたり、何か自分でできることを見つけ、やっていくことが少しずつ言われるようになってきています。

 しかし、先にも書きましたように、この生活不活発病は古くからケア業界や医療界で知られている言葉です。正確には「廃用性症候群」と言ったりします。

 代表的なものは、手術のために入院し、治療は終わったものの、長い入院生活(寝たきり)のせいで歩けなくなったり、心身共に老化が進んでしまうことが老人の場合、よくあります。

また、一人暮らしの間はなんとか自分で家事などをがんばってやっていた老人が子ども家族と同居し、家事などをすべてしなくなった途端に心身ともに老け込んでいくことなども、生活不活発病の兆候といえるかもしれません。

 ややもすると、私達は病人や老人などを目にすると、「全体的に弱い存在」として、安静を強いる選択肢を選びがちです。ご家族の中にもこんな方がいらっしゃるかもしれません。「老人に家事をさせて転ばれたらかなわない」「洗い物をしてもらっても、洗い残しがあるから、返ってやらないでいてくれた方が助かる」などなどと、うっかり、老人がされていた家事や作業を取り上げてしまわれることが。

 その気持ちと、避難者を保護する救援隊の気持ちには、どこか通じるものがあるのかもしれません。でも、その一方で、生活不活発病の危険性は高まります。

 むかしと違い、今は老後も非常に長くなってきています。何もすることがない生活、何もできることがない生活、何も役割がない生活、そのような耐えるには、相当の忍耐を要します。長く続けばうつっぽくなるのも不思議ではないように思います。

 そんなとき、力量のある訪問介護員(ホームヘルパー)さんなら、老人本人にできそうなことや、少し手伝うだけであとは自分でできること、声を掛けて、根気強く見守っているだけでできることなどを見極め、適切な支援をしてくれます。

 単になんでもかんでもやってあげるのではなく、老人の生き甲斐や心の健康にも目を向けて、ある意味、厳しさも伴う援助。それが「尊厳を伴う自立支援」というもののように考えています。

 日本では、他の家族と同居という形態も多いため、ヘルパーさんなど、赤の他人が家に入ってくることは、そう簡単なことではありません。時に、家族の生活全体にまで影響が及ぶからです。
 
 しかし、そういったデリケートな面に配慮した上で、うまく利用すれば、ヘルパーさんはとても老人の生活を豊かにしてくれる存在になります。

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