相馬野馬追(そうま・のまおい)

本間清文著「福島カセツの声紀行(聴こう)」はこちら
今日は、レイです。

南相馬の風を少しでも皆さんに感じて頂きたいそんな気持ちで書いています。

今年の春の事です。


仕事を終え、玄関のドアを開けると山積みになっている私の品々がありました。それは我が家の押し入れの物が全て出されていたのでした。


主人は「これ皆 捨てろ!押し入れを壊して『鎧入れ』にするから!」

私は、その言葉に驚いたと同時に「ふざけるな!」と大激怒。
・・・でしたが器用な主人は日曜大工で作ってしまいました。

私の主人゛しんちゃん゛は地元のお祭り゛相馬野馬追(そうま・のまおい)゛に出ています。

普段は優しく穏やかなしんちゃんが野馬追が開催される1か月前位にスイッチが入った様に人が変わります。一言で言えば「武士の魂が入る」のです。

「俺の事は殿と呼べ!」と言葉は全て命令形になり 殺気を感じ怖くなる事もあります。

この頃から野馬追のDVDを見ます。交遊関係も野馬追い関係者になります。要するに野馬追い一式になります。

震災の年は、メイン会場の雲雀ヶ原は原発から30k以内(避難準備区域)と言う事で甲冑競馬、神旗争奪戦などが開かれませんでした。

しんちゃんの悲しみは天に届く様な物でした。この年は縮小されての開催でした。物足りない夏の始まりでした。

しんちゃんは1度 大好きな野馬追いに出場しない時がありました。それは私の実家の父が亡くなった年です。

古く歴史のある祭りのためか色々と古い慣習が有り その一つに家族の生死に関わる年は出場しては駄目と言われ、従ったようです。

でも震災の年は逆に大勢の方が涙を隠し出場していた様です。

誰もその事に触れる人はいませんでした。逆に侍魂を震い立たせたのです。

この地方では人馬一体という言葉どおり 馬は家族の一員で昔から大事にしてきました。

津波が来ると分かった時、まず馬を避難させたため家族は後回しになり 家族の方が犠牲になった と言う悲しいエピソードも有ります。

市内の牧場では被爆した馬を殺処分するのはかわいそう と言い そのまま飼っている所も有ります。

警戒区域内に取り残された馬のために毎日 隠れて餌を与えにいらっしゃいました。

津波で命を落とした馬を 我が子のように悲しむ人も…。


色々 ありましたが今年は警戒区域のだった小高区でも開催され無事 終える事が出来ました。

写真の鎧の後ろに映っている青と赤の2つの旗は 御神旗でこの旗を騎馬武者姿で 馬に乗り 天に上った旗を皆で奪い合うのです。その姿は勇壮です。

私の説明は余り上手では有りません。

来年も有りますので興味のある方はどうぞ開催される7月に居らっしてください。

生の方がリアルです。

外国からのメディアも沢山いらっしゃいます。

もう一度言わせて下さい。生のライブの方が迫力有ります。

0 件のコメント: