仮設住宅の独居老人

レイです。

春に満開の花が咲くため南相馬の未来を壊さないように願い書いています。

シン、サク、トラ、イチ、ノブ 後期高齢者に多い名前である。

昔は特に東北は貧しく女性を教育する余裕などなかったため、せめて名前は自分で書けるようにと簡単に書けるカタカナの名前が付けられた。

仮設入居者のマサコさん(88歳)は津波で家や息子を失っていた。

高齢になっても毎日 農作業に忙しい日々を過ごしていた。

震災の日もいつものように畑仕事をしていたが高台になっていたので難を逃れたが、家や高額な農機具も流され海に行ったのだろう。何も無くなった、と話す。

マサコさんの私の第一印象は綺麗なおばあさん。そして優しい。

私はマサコさんやおばあさん達にずんだをご馳走するため、早起きし作った。

添付の写真はその時のずんだです。とても好評で「美味しかった」「震災になってから初めて食べた」と口ぐちに言ってくれたので嬉しかった。

手が痛く、握るのに苦労したが作って良かったと思った。子供が居なくなってから私は作る喜びを久しぶりに感じた。

家など無くても息子さんさえ生きていればマサコさんは仮設に一人で住む事はなかったと思う。

一人暮らしになり一番の困り事は買い物との事。

仮設に店の巡回バスが止まる手配をするが、行動力のないマサコさんは断った。

2ケ月後、宮城から移動販売車が定期的に巡回するようになった。

その後 台所の電球が切れた時は取り変えを行った。

独居老人世帯は大変である。

「テレビが急に映らなくなった。」と呼び出される。

原因は(リモコンの普段は使わない)BSチャンネルのボタンを押しただけだった。

他にも「家のレンジの皿は回っていたがここのは回らず温まらないから見て欲しい。」

この時は使い方が分からなかったので、紙に大きくボタンの押す順番を書き壁に貼って来た。


「お風呂の水が冷たい」
「エアコンから冷たい風が来る」

どちらもスイッチやリモコン操作が分からなかった。

家ではなんとか生活出来ていただろうが、仮設の電化製品は全て新品に変わったため 使いこなすまで大変だった。

また仮設内は狭いため 最初は顔や体にアザを付けて私の前に現れた時はビックリしてしまった。

今週またスロープ設置を市役所職員に依頼したが「この頃多くなって来た。最初から付けていればいいのに…」とぼやいていた。

おばあさん達は仮設で今やっと落ち着いて生活しているのに復興住宅に移り住んだら、また環境が変わり、ここと同じような思いを再び繰り返すのかと思うと胸が苦しくなって来る。

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