続く介護の訴訟ニュース雑感


既にマスコミなどでも大きく報道されているように徘徊により電車の人身事故を起こしてしまった老人について、その介護者に賠償命令が下される判決がでました。前回のメルマガでは誤嚥に対して、ヘルパーの作った料理に問題があったとしてヘルパーが訴えられるニュースを流しました。暗たんたる気持ちになられた方も少なくないかもしれません。

ちなみに、介護職がケア中に老人が徘徊してしまい、同様の人身事故などが起きた場合もやはり事業所の管理責任などを問われ賠償を請求されるでしょう。ただし、介護保険事業者は指定を都道府県から受ける段階で事業者賠償保険への加入をしているため、ある程度の賠償は保険から降りるのではないかと思います。

気になって少し調べましたが一部の保険は説明書きに徘徊時のことも想定した内容がありました。
http://goo.gl/y1Lp1p

http://goo.gl/YCHxcS

しかしながら、私達がこの報道に対して暗たんたる気持ちになるのは、おそらく賠償といった「金銭」のことだけではないだろうと思います。

 それよりもむしろ「社会に『介護』を理解してもらえない」という「見放され感」に悲しくなるのではないでしょうか。

決して十分とはいえない賃金やボランティアワーク(家族の場合は無償)で、心身を削りながら、良心とわずかな人間関係を頼りに、歯を食いしばり、他人がやりたがらない介護をがんばっている。その苦労や辛さを理解しようとしない社会。その『態度』や『無関心』に介護関係者は暗くなるのではないでしょうか。

閑話休題。そんな嫌な出来事や暗い気持ちになった時、デイサービスや特養ホームでは、いつも目の前に老人がいます。だから、彼らに話を振って「どう思うか」をよく聞いていました。彼らは優しい言葉で、疲れた私を癒してくれました。「なるようになるよ」「大丈夫だよ」などといって。

もちろん、大勢いるから、そんな優しい老人ばかりではありません。むしろ、老化とともに「我」や「エゴ」や「欲」を肥大化させる方も少なくなかった。

こちらの相談に対して「そんなことより、私、まだ、ご飯食べてないのよ」「あんた、口、臭いよ」などと激烈な言葉で返り討ちに遭うこともしばしばだった。

『人の相談など知ったこっちゃない。大事なのは、「今、ここ」の私なの』といった老人の方が多かったかもしれない。そんな老人の反応はドライなものだった。そんなエゴイズムまる出しで、何の良心の呵責もない(ように見える)老人が時にうらやましくもありました。(本間)

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