福島南相馬2015.05「不安な老人たちの笑顔」


「ここは,浪江(なみえ)の人、来る?」

と、何度も繰り返し聞く80代の女性は浪江に一人で住んで居て、

津波と原発事故により近所の人と一緒に避難後、

福島市の仮設に入居していましたが

認知症が進み一人では無理と、

今は息子夫婦と一緒に南相馬市内の借り上げ住宅に同居しています

Aさんご夫婦は南相馬小高区(おたか)から福島市の借り上げ住宅に避難し、福島市内のデイを利用していた。

「福島市のデイの人は皆さん優しくしてくれるが、少しでも自分の家に近い、ここ(南相馬)に来た。」

そんな方もご利用しています。

ある日、私は、

「東京、山形、福島市などに避難し南相馬の言葉を忘れたと思います。今から質問します。分かったら答えて下さい!」

ブッシャセ(=不幸)、

アドガガ(=後妻)、

マヤウ(=弁償)

の声に隣同士、顔を見合わせ、うなずきながら大声で笑うのです。

その頃です。ラジオ体操の訛(なまり)り版を流したのは…

エッ(1)、ヌゥ(2)、ザン(3)、ズゥ、ゴォ、ログ、スズゥ、ハズゥ、グゥー、ズゥ。

この掛け声に皆、笑い、体操どころではなかったです。

続きはまた、次回にします。(レイ)



避難し、住み慣れた場所を散り散りとなった老人にとって、場所の変化によるダメージ、いわゆるリロケーションダメージはとても大きかろうと思います。

だからこそ、不安がどんどん膨らみ、職員さんへの訴えや愁訴も増えるでしょうね。。。

何十年という時間を積み重ねた老人が使う言葉は、本当の意味で言霊(コトダマ)かもしれませんね。

その時の笑いは、訛りに対する笑いではなく、自分の言葉を発し「私は私」を実感し、安堵できた嬉しさから来る笑いだったはずです。


その人らしい援助って、言うのは簡単だけど、やるのはすごく難しい。読ませていただき、とても温かくなりました。


いつも、ありがとうございます。