コラム「ケアプラン無料か有料化か、の白黒でなく、グレーの着地点を考える」


*H26に書いたものに、H28.1、一部、加筆。H30.6更に加筆。

旧聞になってしまいますが、H26.8月頃に日経新聞がケアプラン有料化について報道しました。

また、厚労省が検討している、という内容でした。財務省などの圧力におそらく厚労省は抗しきれる理論を持ち合わせておらず、やがては押し切られる可能性が高いと感じています。

この議論については、かつて(平成 22 年 )日本介護支援専門員協会が以下のホームページで意見提出しています。
http://goo.gl/ssFoIa

主旨は「有料化反対」であり、その理由を以下のようにしています。

(1)ケアマネジャーを利用しなくなり、単に生活を楽にするサービス利用のみに流れ、いたずらに介護給付費の増大につながる
(2) セルフケアプランや(抱え込みリスクのある)サービス事業者によるケアプラン作成代行が増える
(3)誤った権利意識が発生したり、家族本位のサービスに流れる可能性がある
(4)利用者負担導入により経営が困難になる
(5)セルフプラン増加による保険者の事務量増大

◆日本協会への違和感
上記を読んだ感想としては、ケアプラン有料化の反対論拠としては、説得力が弱いと感じます。

私自身、ケアプラン有料化に必ずしも賛成ではないのですが、理由が大分、違います。

ざっと見ていくと(4)利用者負担導入により経営が困難になる、というのは、これだけ社会保障費膨張による国の財政問題が叫ばれているのに、あまりに利己的な理由ではないかと思います。国民からの賛同は得られません。

次に(3)誤った権利意識が発生する可能性があり、家族本位のサービスに流れる可能性がある、についても疑問です。

まず、「誤った権利意識」について、その意味が抽象的でよく分かりません。「消費者エゴ」のようなものを指しているのだとすれば、それについては異論はなく、賛同するところです。

しかし、後半の「家族本位のサービスに流れる可能性」というのは非常に違和感を感じます。在宅の場合、介護を主に担っているのは、家族であり、家族も介護保険の利用者という実態があるからです。これも家族介護者からの反発を招きかねない、マズイ理論だと思います。

(5)の保険者の事務負担増の問題はケアマネでなく、国や保険者が考えるべきことでしょう。

(2)のセルフプランが増えることについては、むしろ好ましいことだと思います。

しっかりした親族がいたり、判断力がきちんとある利用者については、なんら問題はないでしょう。

サービス事業者が代行作成することによる「抱え込みリスク」については、現行でも、同様の実態が横行しており、理論武装になっていません。

(1)ケアマネジャーを利用しなくなり、単に生活を楽にするサービス利用のみに流れ、いたずらに介護給付費の増大につながる、については、どうでしょうか。

これは、私自身の経験からいうと、一部にはそうした利用者も出てくるかもしれないが、多くはない、という所です。訪問介護などのサービスについてなら、いざ知らず、ケアプラン作成において「楽」を目指す、という概念がぴんと来ません。

しかし、これは本当にさまざまな利用者がいるので、実際に試験導入したり、調査してみないと分からない部分ではないかと思います。

ただ、現時点でもケアプランは利用者の希望を尊重して作ることが基準省令にも書かれており、実施されています。

以上が、ざっと、日本協会の主旨に対する感想です。

次に私自身の考えを書きます。

◇無料か有料か、でなく中間的着地点を模索する

そもそも、なぜ、居宅ケアマネジメントは無料なのか、という、そもそも論となりますが、そうすると、ケアマネジメントの源泉でもある、ソーシャルワーク論や福祉論まで言及しなければならず、本一冊くらい書かなければなりません。(笑)

 ですので、端的に考えます。

まずは、誰がもっともケアマネを必要としているのか。

誰にとって、ケアマネはなくてはならない存在なのか。

 すると、それは、自ら必要な介護サービスや社会資源をコーディネートできない認知症独居の方や判断力の低下した老々世帯、精神疾患の世帯などです。

そうしたケースの多くは、「自分達にどんなサービスが必要か」「誰がサービスを調整してくれるか」といった自己分析と情報活用能力が低下しています。放っておけば孤独死、虐待等に結びつきやすく、半強制的な介入が必要です

 そうした絶対にケアマネが必要な方々には、「福祉的な観点」から無料でのケアマネ介入が必要でしょう。(現行の「うわべだけの公正中立性」事業所が横行していることの方がむしろ問題)

 しかも、そうした福祉的ケースはケアマネジメントの効果の評価が難しい。ケアマネジメントの意味を本人たちは理解しずらいため、料金を支払うことにも同意が得にくい。だからこそ無料による介入・支援が必要なのです。

安易にケアプラン有料化を肯定する方は、こうした福祉的観点が欠如しています。

◆有料にふさわしいケース像

 しかし、上記のようなケースではなく、しっかりした息子の妻(=「嫁」)や娘などが、主たる介護者でおり、自らの必要としているサービスの分析(セルフアセスメント)や、利用したいサービスも適切に判断しうる世帯があります。

そうしたケースでは、大体が家族の言うがままのプランニング、いわゆる「御用聞きプラン」となっているのが実情ではないでしょうか。

特にケアプラン作成においては基準上、「利用者の希望」を尊重することになっているから、当たり前のことでもあります。

一方、ケアマネの中には、利用者や家族からサービス調整や困りごとの相談を受けても、すぐに対応しなかったり、連絡調整が下手な人がいるのも事実。

それに対し、利用者や家族の「きちんと、迅速にケアマネジメントをしてほしい」という権利意識が生じるのは、当然といえば当然です。

そういう要望にきちんと応えるのは、福祉というよりは「サービス」に類する部分でお金をとってもいいように思います。

本当は、それだけしっかりした利用者や家族であれば、時間をかければ、自分でセルフプランを作れるだろうし、サービスの連絡調整もできるはず。

では、そういう人がなぜ、ケアマネにケアプラン作成やケアマネジメントを依頼するのか。

それは、利用サービスが複数増えてきたりすると、連絡調整が面倒くさいからです。

ケアマネに電話一本すれば、面倒な連絡調整をすべてケアマネがしてくれる。これほど、わずらわしさを解消してくれるサービスはありません。

ですから、そのような単に「御用聞き」的な役割だけを満たして済むケースについては有料するのもやむを得ない、というのが私の今の考えです。

◆有料化とは公正中立性の御旗をおろすこと

ただし、問題は、それらの「ケアマネジメントの必要性」をどうふりわけるのか、という問題が別にあります。

これについては、そもそも、介護サービスを利用するのに、一律的にケアマネが担当につくのは、世界的にみればスタンダードではなかったはずです。

ケアマネジメント発祥のイギリスだったか失念しましたが、先行地域では、「まず、ケアマネジメントが必要か」という振り分けから、スタートだったはずです。

ちなみに、その「振り分け」は、新たに始まった介護予防・日常生活支援総合事業では、一部、採用されています。ケアマネジメントがA,B,Cと解体されたのも、その応用です。

その「ケアマネジメント」の振り分けが適切に行われれば、一部の利用者については、有料化もアリという着地点が見いだせるのではないかと考えます。

白か黒か、ではなく、中間のグレーの選択ですね。

いずれにせよ、ケアプランに限らず介護保険事業は公金、保険料が投入されている社会性の強い事業です。ゆえに、利用者やサービス事業者の納得だけでなく、「世間の納得」という近江商人の「三方よし」が欠かせません。

自らの利を求める観点からの主張は全く説得性を持ち得ず、返って、その立場を危うくする可能性すら持っているのではないでしょうか。

ケアプランの有料化ーそれは、まがりなりにも、これまでケアマネジャーが「制度の要」と自負する根拠としてきた「公正中立性」という御旗をおろす契機となるでしょう。

それから、根本的な話にもどりますが、ケアプランとは、そもそも、サービス利用上の無駄をなくし、効率的・効果的に行うためのものです。それをコストの面からアクセスしづらくすることは、返って無駄な給付に結びつく可能性を秘めています。


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