要支援への介護給付の削減に対する現場からの声

前々回、アンケートで「担当している要支援の利用者の現状から介護保険の利用ができなくなることについてどう思いますか?」と投げかけました。

結果、86名の方が回答くださりました。


うち、72%が「反対」と圧倒的な多数を占めました。続いて「その他」が16.2%、「賛成」が11.6%と最少。正直な所、もう少し賛成派が多いかなと思いましたが違いました。以下が主なコメントです。長文もあります。どれも示唆に富む内容ですので掲載し、引き続きご意見などお待ちしています。

◆投稿

その方、その方によると感じています。介護保険サービスを使わなくても十分自宅での生活が成り立つと思える方もいれば、サービスを使っているからこそ何とか現状維持できていると感じる方もいらっしゃいます。介護保険全般に通じることですが、一律という考え方に違和感を感じます。(岡本)


何年も前から、生活援助が標的にされています。もっと、他にも目を向けてほしい。見直しが必要なものは他にある。軽度度者といっても、本当に必要性のある人は多い。現状を知らない人たちが制度を決めないでほしい。(sachiko)

腰椎圧迫骨折された方は長時間立っていられないのに(かほママ)

→短いですが、非常に現場的なリアリティを持ったコメントですね。確かにこういう独居高齢者は都市部では多いですね。


私の訪問している要支援の利用者さんは歳相応の衰えはあるものの、見た目は元気そうで、認知症と言われる症状も少なく 『誰かに手伝ってもらわなくても、生活できます』という雰囲気の方が多いです。ですが、毎週入って信頼関係を作っていくにつれて、『本当はしんどいけど頑張ってやっている事』や『体の不調』、『生きて行く事の不安』などを小出しに話してくださるようになります。それを聞いて 一緒に考えれることが、介護予防というより、『楽しい老後の道へ相乗り』って感じなんですが、制度では難しいのかな(おかめ)


(厚労省のデータによると訪問介護の行為は)15分の組み合わせで、45分で終でわる!なんて、普通の暮らしが出来る方の範囲(常識)で考えても首をかしげたくなります

要介護状態の方への対人援助としてのアプローチで有る事を忘れている様です。(養成課程での課題があるとも思いますが、これもホームヘルパーの責任問題ではありません)

人の暮らしは、その方が置かれている環境を含み、どれ一つとっても同じ状態はない中での行為です。

それぞれ、単なる家事の代行と違って、要介護状態の方が安心して、快適な暮らしを継続できるように、多くは軽度の認知症、うつ病、精神疾患を抱えている他高齢夫婦であったり、多くの病気も・・・

「そのままのあなたで良いですよ~」といった肯定的発信をしながら将来に渡って、生活を共に作り出す相棒としての社会のシステムとしてのヘルパーを認めて、もらえるようにしてゆく上でも、生活援助は重要なアプローチ素材・基盤です。

「本人らしい生活(家事)援助」への理解は生活文化を伴っていて、簡単な事ではありません。ですので、ホームヘルパーは「生活援助の方が難しい」というのが実際ですが、介護報酬はそれぞ「単なる世話」は継続しているだけでなく介護保険から外して、近所のボランティアで良いという判断も出来ると云うのです。

とても賛成はできません。(「介護の社会化」を真に前進させたいホームヘルパーの藤原)


要支援2(脳梗塞の結果、右麻痺)の方を支援しています。 

サービス内容は買い物同行です。

利用者様の特徴は「直ぐに頭にきてしまって怒ってしまう」。

最初は、何でそんなに怒りっぽいのか理解が出来なかった。買い物同行してみると分かったことがある。自転車がビューンと通り抜けると怒る。だが、ヘルパーとしては怒るようなことだとは思わなかった。では、何故怒るのか?それは、どうも急に自転車が来て通り抜けるような危ないと感じているようだということが分かった。それは、こちらが肌で感じる部分だ。

それからは、ヘルパーは、「自転車が通ります」と声をかけるようにした。利用者さんは、怒らなくなった。それから、ご本人が言っていたのが、洗濯機の音や、バスの音が大きく聞こえて不快だそうだ。多分、視野が狭くなっていたり、特定の音が大きく聞こえたり、こちらには理解できないことが起きていることが分かる。それには、観察力が必要だし、何故を追い求める仕事である。

買い物同行だけしていれば良い仕事ではない。何に困っていて、どうすれば安心して過ごせるかを考える仕事である。(小谷)


要支援者へのサービスを介護給付から地域支援事業に移行することには賛成です。しかし現在の地域支援事業は予算が少なすぎ、要支援者のサービスを介護給付費から切り離すための受け皿には到底なりえません。まず、ここの問題があります。 そして、介護給付だろうが地域支援事業だろうが何でもいいですが、サービスは必要不可欠です。まして、要支援者の方が、要介護者よりも、介護保険料を納めてきた、いまも納めているといったことを明確に意識しており、権利意識は高いのではないでしょうか。なのに、切り外されるといったこの矛盾。政治及び行政はどう説明するのでしょうか?

以下、最近の要支援外し論について一言二言。

1.まず、要支援(=介護予防)は本当に改善可能性のある対象に絞らないといけない。

元々は、加齢による意欲低下・活動性低下が起因し、廃用性症候群が生じている状態であり、活動性向上により、機能改善や機能低下予防を期待できる状態が本来の「要支援」ではなかろうか。しかし、現在は難治性や進行性や不可逆的状態であるにも関わらず、要支援認定が出る実情。

2.「軽度者は介護の必要性が少ない」といった報道があるが、この論点は違う。

 必要性ではなく「介護の必要量が少ない」といったことが真実。そういった意味では、軽度も重度も必要性といった意味では同じである。違うのは"必要量"なのである。

3.「必要ないのだから、切ってしまえ」という論調。日本人はブームに乗りやすいと言われている。 ちょうど今、アベノミクスで、なんとなく上げ潮ムードである。この流れに「社会保障国民会議」「社会保障審議会」が影響される。当然、「切ってしまえ派」の方が優勢。大変に危険。

4.国が財政的に介護保険制度を支えきれなくなってきたので、軽度者を外すと言っている。 しかし、支えきれなくなったから、軽度者を外し、そして、軽度者を支えている(下支えしている)、サービスを外す。これは完全なる論理の矛盾である。

5.サービスを介護保険から切り離して、区市町村が別事業として受け皿をつくればいいと言っている。本気で作る気があるのか。 「切ってしまえ」に対する反発をかわす、逃げ口上・誤魔化し・まやかしじゃないのか。

6.日常生活を下支えしている、サービスを切ってしまうと、軽度者から介護難民がでてくる。そうなると、社会全体のコストとして、かえって高くつく。 結果的に家族に負担がのしかかる。

7.軽度者を外し、重度者を在宅で看れるようにシフトチェンジしようとしている。

 しかし、一般の在宅の場合、これも家族に大きな負担がのしかかる。

8.家族に負担がのしかかるということは、マクロ的にみて、労働力が家族介護に

 ひっぱられ、労働力低下となる。 労働力低下は経済力に悪影響する。だから、家族が働き世代であれば、仕事に奮闘できる社会システムにしなかればならない。これからは益々、女性の社会進出が必要である。

9.国は自立支援型として、居宅の介護サービスはデンマークのような「巡回型」システムに転換しようとしている。だから、家事援助サービスを無駄としている。だから軽度者が受けている訪問介護の中味は殆どが家事援助なのだから、 軽度者ごと外してしまえとしている。

10.しかし、デンマークでは公的サービスとして巡回型の他、家事援助が存在している。

 時間に限りはあるが、あるにはある。

※以上、日本でやろうとしている政策は全く滅茶苦茶。不勉強極まりない。下手したらこの国、完全にもっとおかしくなります。

※その責任は一人ひとりにあると思っています。

※私は、軽度者を介護保険から外すことに、実は、「全く反対」と言っている訳ではありません。私自身まだわからない部分があります。しかし、内容を細かく精査して真剣になっていくことが、只今の時点で必要と思っています。(独立ケアマネ・小西啓太)

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