にもかかわらず、いや、だからこそ仕事を楽しんでやりたいと思う。
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先日の接近拒否ケースの裏話。
「どうしたものか」と途方に暮れていた時期がしばらくあった。
そして、ジョギングをした。
ジョギングをしていると不思議といいアイデアが浮かぶ事が多い。
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(在宅で中軽度の認知症の女性って、他人への拒否傾向が強い場合があるからなあ)
(ましてや、オレは男ケアマネで、こんな坊主頭だもんなあ)
(女性ケアマネに移行してもらうほう方がいいかなあ)
(でも、身近にここまでサービス導入に燃える女性ケアマネもいないしなあ)
(オレが女性ケアマネだったならなあ)
と、その時だ。また、脳裏にアホな考えが浮かんだ。
(そうか。オレが『女性』になればいいのか)
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そして、ビジョンが浮かんだ。
。。。女装。。。。(続きを読むをクリック)
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思い立ったら、即、行動。
翌週末に電車で原宿へ。
(確か、原宿にカツラの店があったような。。。)
街はいつものようにごったがえしている。
みんな休日なのだろう。若い笑顔がいっぱい。
そこで、<認知症女性のために、カツラを探す、ハゲ男>。
(オレってアホだな)と思いながら。
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そして、しばらくすると見つけた。
ウィグ、カツラ専門店。
イマドキの茶髪とかの品物が一杯ならんでいる。
心臓が急に高鳴り出す。
店に入ろうとして、思わず前を通り過ぎる。
チラリと店員と目があう。
これまた、やはり茶髪のイマドキの「ギャル」。
幸い、客はいなそう。
(こんなハゲが入って、また変人が来た、と思われるんだろうな)
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(ま、いいか。)
そして、入店。
ずらりと並ぶ髪、髪、髪。
それを吟味するハゲ男、一人。
背中に「ナウい」、「ヤングギャル」の、冷たい視線を感じる。
それまで、談笑していたギャル達の会話が止まったことで分かる。
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「あの。こんな坊主でもかぶれるもんなんすかね?」
怪しい人と「正体」がばれないように、じゃなかった、誤解されないように、恥ずかしそうな笑顔をふりまきつつギャル店員に聞く。
「大丈夫ですよ」とわりとフレンドリーな顔で応答してくれるギャル店員。
「いくらぐらいするん、すかね?」
「どんなのがいいんですかね?」
「そのオカッパのは?」
「1万6千円ですね」
「そ、そんなにするんすか? もっと安いのは?」
「これなら8千円ですね」
見ると、似たような「おかっぱ」である。どこが違うのかよく分からない。でも、8千円なら手が届きそうだ。
「これ。。へへ。。かぶってみてもイイすかね。。? へへ。。」とますます怪しいハゲ男になってくる。
「どうぞ」とウィグを差し出される。しかし、店の中は外から丸見えである。原宿で人がわんさわんさと、店の前を通っている。しかも若人ばかり。
「あの。。。へへ。。恥ずかしいんで、奥でかぶってみてもいいすかね? 。。へへ。。」
時々、愛想笑いをして、必死に「自分は怪しいやつじゃないんだ」と訴えようとして、ますます怪しさを演出している。
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そして、狭いトイレを半分くらいに仕切ったスペース位のレジスペースへ通される。
イスに座る。
ギャル店員が後ろからウィグをかぶせてくれる。
ハゲ男の頭に「髪」がかぶさる。
鏡を見ると、目の前に、自分に似ている、見たこともない気持ち悪い顔の「何者か」がいる。
思わず、吹き出してしまった。
でも、ギャル店員は案外、冷静である。ウィグのはまり具合とかを冷静に見ている。
それで、自分も正気を取り戻し「後ろも見せてもらえますかね?」と真剣な表情で鏡を見る。
顔と髪の接点に違和感はないか? 髪質は偽物っぽくないか? 女性に見えるか?
落ち着くと目は仕事モードになってきた。
(う~ん、うなじ部分が短すぎて、ちょっと不自然だなあ)
(でも、横顔はいいかしら)とちょっとマダムな気分。
でも、1万6千円は出せない。
「これ下さい。。へへ。。あ! そうだ、領収書下さいね」とあくまで(仕事で買ってるんだかんな)という事をほのめかす。
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そして、帰宅。
家族の前で何故か、心臓が高鳴る。
娘の顔を見ると罪悪感がよぎる。
妻に、何と言ったものか。。。
「あのさ! 前に話した、接近困難のケースさ! すっげぇ!いいこと思いついちゃったんだ!」と思いきって告白。
「どうしたの?」
「へへ。。。あのね。。。」と話そうとすると、あまりのバカバカしさに、つい笑ってしまう。
告白すると、妻は大ウケ。
「でも、案外、うまく行くんじゃないかと思うんだよね。さっき、公園を通る時、裏声の練習もしてみたんだけど結構イケルと思うんだ。『コンニチワ~!』」(と裏声で実演)
「凄いね~」
「だろ~!」
「でも、御家族が何て思うかね?」
「。。。え。。。?」
「だって、一歩間違えば、人権侵害でしょ?」
「。。。」絶句。
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利用者の事ばかり考えて、すっかり家族の事が頭からぶっとんでいた。
と、同時にカツラをつけた自分が、娘さんと対面するイメージが浮かんだ。
娘さんの軽蔑のまなざしが容易に浮かぶ。
自分が利用者家族だったら、とてもそんなケアマネ「こわくて」任せられない。
残念だが、この作戦はあきらめるしかない。。。
しかし、そう思うと悔しさが込み上げてきた。
(あのドキドキして、恥ずかしい思いをして、苦労して、8千円も掛けた時間は何だったのか)
(あれほど利用者の事を考えた時間は何だったのか)
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夜中、一人で仕事の残務整理をしているとキャビネットの上に例の、ウィグが入った箱がある。
(折角、買ったんだし。。。)
(また、いつか出番があるかもしれないし。。。)
というわけで、更に深夜、家族がみんな寝静まった後、女装してみた。
やるからには、徹底的にやろうと、これまたこっそり妻のファンデーション、口紅、洋服を拝借。
ますます犯罪者気分が高まる。
それでも、口紅なんかは見よう見まねで、唇を「ん~」って、中にめり込ませて?塗ムラをなくしたり工夫した。
最後は記念撮影。
女装ケアマネは「初春の夜の夢」に終わった。
※今後、「独立ケアマネ」は辞めて「特殊ケアマネ」か「阿呆ケアマネ」を名乗ろうかと思う。
(2006)