4/4 もっと、あがこうよ、みんなで

インタビュー

小谷庸夫さん
墨田区・社会福祉法人八広会「ヘルパーステーション和翔苑」
所長・サービス提供責任者
介護福祉士・調理師
※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。


◆食べられるミキサー食を作るには

なぜ、それほど木村さんが私のミキサー食を食べたいとおっしゃったのか。


それは私自身のミキサー食への考え方が他の方と違うからかもしれません。


というのも病院などで一般に出されるミキサー食というのは、他の普通の食事メニューをそのままミキサーに掛けて出すだけです。


しかし、そんなものがおいしいはずがありません。


食べられるミキサー食を作るには、別メニューをもう一品、作るつもりでやります。


例えば、オヒタシをそのままミキサーにかけてもおいしいはずがない。


でも、そこに豆腐と麺つゆを加えてミキサーに掛ければとてもクリーミーでおいしく食べられるようになります。


魚も焼き魚などをミキサーに掛けてもパサパサ、ドロドロした上に味がおいしくなく食べられたものではありませんので缶詰を使います。

例えば普通に出回っているサバ缶などでいいんです。


それをミキサーにするとまったりとおいしい。


ある時はカステラがあったので、それをどうやったらおいしく食べられるかなと考えました。


冷蔵庫を見ると牛乳とコーンポタージュスープの粉末がある。


「この三つを混ぜてミキサーに掛けるとおいしいだろうな」。


そんな風に家にあるもので工夫しておいしく食べられるミキサー食を作っていました。


◆このまま家にいたい


そして、木村さんは退院してきました。


私はかつてのようにミキサー食を作り提供しました。


彼女は筆談で「戻ってきてよかった。おいしい」と書きました。


その食べっぷりを見て息子さんも「こんなに食べるなんて…」と驚かれていました。

やがて、2週間が過ぎようとした最終日、丁度、退院してから14日目の訪問時のことです。


いつもどおりに仕事をしていると、木村さんの様子がどこかいつもと違います。


具合が悪そうで、せっかく作った食事も食べようとしません。


訪問看護に連絡を取り来てもらいました。


血中の酸素濃度を測ると異常な数値を示しており、即、救急車を呼ぶべきだと看護師が言います。


ただ、その時の看護師は臨時でかけつけてくれた看護師でしたでの普段の状況を知りません。


本人への説得のバトンが私に投げられ、私から救急車を呼ぶことを話すと木村さんはゆっくりとこう書くのです。


「このまま家にいたい」。


一瞬、絶句。


しかし、最初の約束は2週間という約束です。


これ以上、仕事を引き受けることは返って無責任でもありますから、私は引き下がりませんでした。


「最初の約束は2週間だったよ。これは、ゆずれないよ。約束は守るよ。」


私は私の信念を伝えました。


そんなやりとりが何分でしょうか、5分か10分でしょうか、とにかく、それくらい続き、ようやく彼女は救急車要請を承諾しました。


その後、入院し状態は少しずつ悪化。


一度、お見舞いに行くとやはり「家に帰りたい」と言います。


彼女を喜ばせる返事はできないので、努めて他の話題を投げかけていました。


それから一カ月ほどした頃、彼女は亡くなりました。


今でもあの時の判断は正しかったのかと、と振り返る時があります。


どこまで本人の意志を尊重すべきなのか。多分、誰にも正解は分からないかもしれません。


でも、胃ろうも造らず、気管切開もせず、死期は早まったかもしれないけど、ご本人にとっては良いことだったろうと思っています。


なにより、少しでも家に戻れたことが何よりだったと。


自らの死に方を選んだ生き方として、大きなことを学ばせていただきました。


◆言葉遣い


お気づきかもしれませんが、このとき私は木村さんに対し敬語などは使っていません。


その頃には敬語を使う程、私達の信頼関係は遠いものではなかったし、分け隔てない言葉を使うことで関係が崩れることもなかったからです。


これについて介護施設などでは利用者と職員間の人間関係が閉鎖的になりがちで、そこから言葉遣いが乱れ、介護の質が乱れることもあるかもしれません。


その点で施設などにおいては自分を律する意味で基本的に敬語を使うことは大事なことかもしれません。


しかし、在宅介護の場合はもともと援助職と利用者はまったく異なる空間で生活していて距離感もよそよそしい。


他人行儀な関係が濃いために、その距離感のままでは利用者との信頼関係の構築ができなかったり、本音を交えたコミュニケーションが取れなかったりします。


その点で、時に介護の研修などでも一律に現場の言葉遣いを敬語のみに強制するような内容のものがあることに非常に疑問を感じています。


もちろん、お年寄りを尊敬し、敬う気持ちは大事なことですが、言葉遣いを一律に規制されては個別の対応ができなくなってしまう。


特に在宅介護の現場では一人ひとりの個性や個別性、信念なども強くでてきますので、言葉遣いまで強制されると非常に仕事がやりづらくなってくると心配しています。


◆もっと、あがこうよ、みんなで


今後の活動についていいますと、介護の現場のことを近隣の地域などへもっと発信してゆきたいと考えています。


というのも介護って、到底、私達、援助職だけで支えていけるものではなく社会全体で考えていかなければならない問題のはず。


それもあり、最近は地域包括支援センターが主催している男性介護者の集いの会などにも顔を出す努力をしています。


何度もいうように人の役に立ちたいという気持ちが強くあるため、あまり仕事を辛いとかしんどいと思うことはなく楽しくやっているんです。


それが顔にも出ているのか、ときどき、周囲からも「楽しそうに仕事するよね」なんて言われます。


だけど、自分達やこの介護の業界が置かれている状況を客観的に見渡せば決してよい方向へは向かっていません。


お年寄りにとってますます、介護保険制度も利用しづらくなっており、このままではいけない。


「もっと、あがこうよ、みんなで」。そう強く思っています。

小谷庸夫さんブログ「介護の専門性とは?」

(おわり)

(取材 2012.10)
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