1/4 16才から調理師の道、そして介護へ

インタビュー
「自らの死に方を選んだ生き方」

小谷庸夫さん
墨田区・社会福祉法人八広会「ヘルパーステーション和翔苑」
所長・サービス提供責任者
介護福祉士・調理師
※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。

◆よこがお


介護の仕事に就く前は調理師として中華料理店等で8年、働いていました。


小さい頃から「人の役に立ちたい」「働きたい」という気持ちがとても強く、親や教師の反対を押し切り中学卒業後、調理師専門学校を出て16才から働き始めたのです。


しかし、8年程、経ち自分の中に、他に何かやりたい気持ちが出てきました。


そこで社会福祉協議会にボランティア登録をしました。


小さい頃は他人と接することに苦手意識を持っていたのですが、何かの役に立ちたいという気持ちが強くありました。


そのツテで老人会のような所でのボランティアを依頼されました。


風船バレーのお手伝いなどをしました。


そのとき、調理よりももっと密接に人と関われることに魅力を感じ、楽しくボランティアをしていました。


すると、そこのボランティア組織の代表者がこんなことを言ってくれました。


「若いんだから、ボランティアじゃなく、いっそのこと仕事としてやってみれば」と。デイサービスをすすめてくれたのです。


そして、半年程の期間限定の契約ではありましたがデイサービスで働くことになりました。


私はあまりデイサービスのような大勢で何かをわっとやるというのが得意ではありません。


でも、その最中でも個別に一人ひとりのお年寄りと接することができる時間があり、そのときにお年寄りの気持ちを「拾えた」と感じられる場面を何度か体験するようになります。


◆お年寄りの気持ちを「拾えた」


今もよく覚えているのは、ある明るいキャラクターで通っている男性のことです。


その方は他の利用者集団の中でも元気でみなからも親しみを持って付き合っていた方でした。


しかし、その方が、ある時、私に対して、真剣な表情でこんなことをおっしゃったのです。


「みな、俺のことを学歴がないからって馬鹿にしている」と。


もちろん、みな、馬鹿になどしておりません。学歴のことも一切、知りませんでした。


とても意外なことでしたので、なぜ、そのように思うのかを問うてみると「職員がお茶を配る時に他の利用者の時に比べて、自分の時だけ、とてもそっけない置き方をする」と真剣です。


もちろん、他の利用者には耳の遠い利用者や理解力の低下されている方もいるので、そういった方には慎重に丁寧な対応をします。


だからといってその方にぞんざいな対応をしていたつもりもまったくなかった。


コンプレックスが周囲の何気ない言動を勝手に悪く解釈させてしまっていたのです。


それを職員間で共有し、彼の劣等感については以後、職員も気を付けて対応していくようになりました。


そんなふうに利用者が私だけに気持ちを打ち明けてくださったりする体験を何度か重ねたのです。


◆急がせない、ゆっくり喋る、というのは鉄則


なぜ、他の職員には言わないことを私に言ってくださったのかというと、それは、その時、考えていたわけではないですが「間合い」やお年寄りと接する時の態度や姿勢によるのかなと思っています。


どういうことかというと、私は利用者や職員の気持ちや考え、心理などにとても関心があり、いつも注意深く観察していました。


例えば、デイサービスでもお年寄りの目からスタッフはどのように見えているのだろうとあえて利用者と同じテーブルに座ってスタッフの動きを観察したり。


すると多くの職員は直接的にお年寄りに関わることではない、それ以外の周辺の業務に必死でした。


特に施設やデイサービスなどチームで対応する要素が強い介護形態では職員のなかにも「今、これをやらないと、あとで他の職員に迷惑がかかる」という気持ちが起きる。


他の職員からの見えないプレッシャーもある。


だから、そちらを優先して仕事を進める結果、お年寄りと接する時間を削ったり後回しにしていました。


お年寄りの前で慌ただしく他のことをやっていたりする。


そんなせかせかした職員に私がお年寄りであれば、何か話そうという気持ちになるはずがありません。


そこで、私は直接、お年寄りに関係のない、後回しにできる業務は極力、まとめて対応することとし、お年寄りと接する時間を十分に取るようにしていきました。


お年寄りと接する上で急がない、急がせない、ゆっくり喋る、というのは鉄則で、そこも意識してやっていました。


この時間調整には元調理師の経験が生きました。


調理師というのは何十人もの客の注文を有無をいわさず、こなさなければなりません。


「段取り」勝負であり、いつの間にか仕事をするに当たって、どうすれば手際よく段取りが組めるかということを計算する習慣が体に染み付いていました。


その応用で対お年寄りの仕事の上でも後回しにできる業務などはどんどん後回しにしたり、手際よく対処し、お年寄りと接する時間をなるべく多く取るようにしていきました。


その結果、先にお話した「馬鹿にされている」とコンプレックスを吐き出してくださった件を筆頭にポツポツと自分がお年寄りの本音を「拾えているな」という実感を抱くようになりました。


◆「そんなもの食べたくなるわけないだろう」


その後、デイサービスの契約が終了し、認知症などの対応や研究で有名な病院で看護助手として働き始めます。


そこには9年ほどおり、疾患やその対応に関することを沢山、学ばせていただきました。しかし、腰痛が激しくなり退職。


一旦、他の病院の厨房のある栄養科に調理師として舞い戻ります。


しかし、そこで患者向けの調理をしていて自分で作っている料理にとても違和感を感じることとなります。


例えば一般の患者さんに天ぷらを出す場合、それを飲み込めない人にはミキサー食といってミキサー処理をして、こなごなにしたものを出します。


そして、それを提供した病室へ様子を見にいき、箸を付けられていない自分の食事を目の当たりにします。


自分でも「そんなもの食べたくなるわけないだろう」と思うほどでした。


すると、自分の作ったものが食べられていないわけで、まったくお役に立てている実感が持てません。


再び介護の現場へ戻りたくなり、栄養科は1年くらいで退職。


そして求職している最中にホームヘルプという事業形態があることを知りました。


つづく
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◆編集部より◆
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