2012/10/20

3/4 「頑固でわがまま」な木村さん

小谷庸夫さん
墨田区・社会福祉法人八広会「ヘルパーステーション和翔苑」
所長・サービス提供責任者
介護福祉士・調理師
※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。

◆「頑固でわがまま」な木村さん


これまでで思い出深い利用者さんは沢山います。


なかでも大きな勉強をさせていただいたのは、70代後半のある一人暮らしの女性・木村さん(仮名)でした。


そもそものきっかけは他事業所のケアマネジャーからの相談の電話でした。


聞けば「依頼内容は掃除や買い物などのありがちな生活面での援助なんですけど、頑固でわがままというか要求内容にこだわりの強い部分がある人なんです。それに対して今のホームヘルパーが、『ちゃんと掃除をしない』等、クレームがあって、変更の希望を出しているんです。難しいケースだと思うんですがやってもらえませんか」と。


いざ訪問してみると、とても利発な感じの方でした。


着ている洋服などにも気品がありました。


そして、どんな希望があるのかなと思い、話を伺うと図書館や美容室へ行きたいというんですね。


読書好きで物知りで、私にもいろんなことを教えてくださる方でした。


しかし、ご存知のように介護保険の効くホームヘルプは食事、排泄、入浴やその他の日常生活上の世話に限られており、(地域によって若干の誤差はありますが)趣味嗜好の範囲に該当するような援助はできません。


それらをやる場合には介護保険外の自費のサービスとして行う必要があり利用者の負担金が高額になります。


そして、あいにく図書館、美容室などへ行くことに関して、その地域では介護保険が効かないので、とりあえずケアマネジャーへ木村さんの要望を伝達。


するとケアマネジャーが「保険外の自費サービスとしてであればやってもいい」というので、それを、そのまま伝えたのです。


すると、木村さんは、「全額自費でかまわないので行きたい」とおっしゃる。こちらとしても断る理由もないので、その後、自費でそうした保険外の援助を行ったりしました。


それで、しばらく援助を続けていくわけですが、当初のケアマネジャーが言っていたような「わがまま」だとか「難しいケース」という感じがまったくしないことに気づきました。


確かに突発的なキャンセルなどをすることもあったが、それも当日キャンセル料のことを説明すると納得してくれた。


当初、聞いていたような「頑固でわがまま」という印象はまったく感じないのです。


なぜかと思うに、前の事業所のヘルパーさんは木村さんの図書館や美容院へ行きたいという要望をケアマネジャーに相談することすらしなかったのではないかと思いました。


それらの援助内容が介護保険の効かない内容だからと援助することそのものを現場の独断でシャットアウトしてしまったのではないかと。


しかし、うちはその要求を無碍(むげ)に断らず、まずは受け入れケアマネジャーに伝えてゆきました。たった、それだけの違いのように思うのです。


◆人間ではなくなる


そんな木村さんへの援助が始まり、やがてしばらくするとヨダレが目立つようになりました。異変を感じましたので受診をすすめると検査の結果、ALS※と診断されました。


※ALS:全身の筋萎縮と筋力低下が進行する原因不明の難病。筋萎縮は全身に及び、舌の筋肉も萎縮して、飲み込み、発語も難しくなり、さらに進行すると呼吸筋も麻痺して死に至る。呼吸困難に対しては気管を切開して気道を確保したり人工呼吸の装着で対応したり、飲み込みの悪さには、お腹の皮膚から胃に管を通したり(胃ろう)、点滴による栄養補給などの方法を用いたりする。そのように筋肉が萎縮する一方で、体の感覚や知能、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれており、およそ2~5年で死亡に至る場合が多い。筋萎縮性側索硬化症ともいう。


木村さんのALSは急速に進行し、食事の飲み込みが難しくなってきました。


ごはんが食べられなくなったので私達はおかゆを作るようになり、おかずはミキサーにかけて調理するミキサー食を出すようになりました。


間もなく主治医からは御本人と息子さんに対して気管切開や胃ろう造設の話が出ました。


しかしそこでご本人はそうした延命処置を拒否しました。それは死期を早めることを意味します。


ちょっと常識的には考えられない決断でした。


また、その頃には木村さんは言葉を口から発することも難しくなっていたので筆談で言いたいことを伝えなければならなかった。


さらに息子さんとは、それ以前より密なコミュニケーションは取れていなかった。


息子さんには、母親のその決断を単に我がままをいってみんなを困らせているととらえていたようなのです。


私としては、ご本人の真意が知りたかったので訪問した際に木村さん本人に聞いてみました。


すると木村さんはゆっくりとこう書きました。


「人間ではなくなる。誰も分ってくれない」と。


木村さんの表情には「覚悟」が宿っているようで、強い信念を感じました。


「木村さんの信念なんだね」と私が投げかけると深いうなずきが返ってきました。


「私はあなたの生き方を理解できた。理解できる人を増やしていきましょう。そのために私からも息子さんと主治医の先生にその気持ちを伝えてみますよ。だけど、木村さんも自分の言葉で、今、私に伝えたように息子さんと先生に伝えてください」。


そう言い合せたのです。


彼女はほっとした表情をしていました。


世間的には一般的な慣習や制度に従順になる方が良しとされ、信念を貫いたりすることは我がままでよくないことととる向きもあるのかもしれません。


しかし、誰が何と言おうと信念は曲げられないものであり、その人はそういう人。


そういう「像」なのだから、他人がとやかく言った所で変わるはずがない。


「言う通りにしないと死にますよ」等と脅されたとしても変わるものじゃない。


ならば、そこは、その信念を受け入れていくべきであって、安易に人を制度にのっけてはいけないと思うのです。


それが、その人の信念なのですから。


そして、先の約束のとおり私からも本人からも息子さん、主治医に彼女の本心を伝えました。


息子さんと先生もやっと理解してくれ、延命処置はしないままで行くことが決定されたのです。


◆2週間だけでいいから退院させてほしい


その後、進行性の病気ですから木村さんは徐々に状態が悪化し入院となりました。


他の利用者への仕事に追われていたある日のこと、ケアマネジャーから連絡がありました。


木村さんの息子さんとケアマネジャーの二人で私に会いたいと。


そして、話がしたいというのです。


会うと息子さんが申し訳なさそうにしています。


そして、こんなことを言われました。


「・・・実は、入院している本人が、『小谷さんの作ったミキサー食を食べたくて2週間だけでいいから退院させてほしい』と言っているんです」


主治医の先生の許可も出ており、何かあれば駆けつけてくれるとのこと。


退院後、家まで定期的に看護師が訪問してくれる訪問看護の受け入れ体制もOKとのこと。


後は私の返事次第だと言うのです。


驚きました。怖い気もしたし、うれしくもありました。


「分りました」と返事をして2週間という期間限定での退院生活とそれに対する介護が再開したのです。


つづく


インタビューメニューはこちら


◆編集部より◆
ケアの質を高め、ケアの地位や待遇を向上するためには、ケアの現場で起きていることを社会に発信するソーシャルアクションや高齢者のアドボカシー(代弁)が欠かせません。「介護支援net」は、そうした現場の声を発信するためのプラットホームとなるべく、ケア現場でのエピソードや想い、コラムなどを発信する場にしてゆきたいと考えています。ご希望の方はこちらからお問い合わせください。


コラム、インタビューなど形式は問いません。インタビューをご希望の方は責任編集者・本間清文が対面でお話を伺わせていただきます。全国津々浦々とまでは行きませんが、遠隔地も出張の際などに立ち寄れるよう努力したいと考えています。

◆シェア