4/4 私の目指す介護

訪問介護みんなの木ヘルパーステーション代表
大阪府東大阪市・山中みゆきさん
(聞き手・本間清文 2014.6)
※本文は個人情報保護の観点から事実とは異なる箇所があります。

「私の目指す介護」

訪問ヘルパーを始めて、六年が過ぎました。始めの頃は朝から晩まで働いて、効率的に仕事をこなそうと努力していました。

そんな状態が何年も続いて、『家事』『身体』という決められた枠を要領良くこなす技は身についてきましたが、楽しくなくなっていきました。毎週訪問していた人が入院したと聞いて、ほっとしている自分に(もう辞めよう)と思いました。そんな時、訪問することになった利用者さんのお話です。

お料理も掃除も自分のやり方でプライドを持って生きて来られた方で それが、体力の衰えと物忘れとともに徐々に出来なくなってご主人が介護申請をされたのですが、ご本人は『自分でやります 結構です!』と始めは家に入れてくれません。

外に置いてある バケツを持って入って『 掃除にきました』と言うと奥のトイレと風呂だけ掃除させてくれるようになり、『ここの掃除機は最新で珍しいですね~』と感心してると『あらそう、オタクはこんなのと違う?使ってみますか?』と掃除機をかけさせてもらえるようになりました。でも『掃除に来る人がいる』という事は受け入れてくれつつありましたが、それ以上にはいきませんでした。

どうにか笑ってもらいたいと、毎週、舞台初日の芸人ようにドキドキワクワクで話かけていました。『結構です!』の刺々しさが笑顔で抜けていきますように。

ずっと外出されてなかったので買い物に誘うと始めは『どうして他人にウチの買い物を頼まないといけないの? 結構です一人で行ってますから!』と断られていました。しかし、ひとしきり怒られてから、ご主人の後押しでなんとか外へ出てくださった日、二人になると『一人では道がわからなくなって帰って来れなくなるからね』としっかり手を繋いでくださいました。

怒っていたのは外へ行くのが怖かったんだ>と気づき、反省しました。私を信頼して貰えるようにもっと努力しなければと思いました。

人がころころ変わるとよけいに不安になるから良くないと事務所に説明し、毎週必ず仕事を入れてもらうように頼みました。そして、買い物に行った後『こんな珍しいものが売ってましたよ~。たまに外に行くのも楽しいですね~』とご主人に買ったものを何度も説明している姿を見ると、この笑顔が見られるなら、怒りの10分はお互いがんばって、とにかく誘ってみようと思いました。

それからも怒られたり、笑ったりしながらあっというまに二年が過ぎました。出会えた事に感謝しています。先週行った場所や私の名前は忘れてても、雰囲気は伝わる。今そんな気がします。

『今までずっと一人だったからね こうして友達ができて うれしいわ、またきてね』と言ってもらえた日は、笑い泣きでめちゃくちゃでした。人として大切な気持ちを忘れないように手伝える事ができればいいなあと思います。訪問して、帰るまでにに笑えますように。『こんなに笑ったの始めてよ~』と毎回言われますように。それが私の目指す介護なんだと気づかせて頂きました。

『何かいいことがあっても自分一人の力だと思わずに、悪い事があってもこの程度で済んでよかったと、そうゆうめぐり合わせに「ありがとう」と手を合わせる気持ちが大事なのよ。』こんなステキな言葉が言えるまでの90年に思いを馳せながら、そっと寄り添い、たまに笑わすヘルパーになれるようにこれからも 日々精進したいと思います。(投稿文・おわり)


 以前の私は例えば、利用者の家に訪問すると、瞬時に家の中の掃除する上でのポイントや段取りが脳裏に浮かんでテキパキとこなすタイプのヘルパーでした。私自身もそういう効率や家事の完成度などに価値を見出し、面白さを感じていた頃もありました。

 でも、今、お話したような方々との出会いの中で、仕事に対する価値観が変わっていきました。その日、その日で、また利用者それぞれで大切なことは違う。そのたった一人の人の価値観に照準をあわせて、その人がめっちゃ喜んでくれる援助をする方が大事だな、と気づいたんです。たとえ、家事をこなすという点では非効率であっても、それ以上に本人にとって大事にしたいことがあったら、そっちを優先していくのが自立支援なんじゃないかと。

丁度、そんな出会いが続いた頃からですね、高橋さんがことあるごとに、私に「会社作れ」(=起業しろ)と何度も言うようになったのは。というのも、高橋さん自身が若い頃、友人と会社をやっていたそうなんですね。

「人に使われるくらいなら、自分で会社をやれ」と。「ワシの命を助けてくれたんやから、できるはずや。雇われで一生を終わるな。ワシが死ぬまでに介護の会社作ってくれ」と。

「死ぬまでって、いつまで生きる予定?長生きするならがんばって作るけど。」

「100まで生きる!」と言い切ったんです。それで会社を作ることにしました(笑)。

 御本人も妙に喜んでくれました。「会計はワシがやってやるー!」とか「1周年には海外旅行や~」とか(笑)。ま、それだけ喜んでもらえたので起業した甲斐はあったかなと思います。


 そんなわけで今は、登録ヘルパーではない立場で現場に出るようになりました。以前は登録ヘルパーだったから、例えば高橋さんの援助にしてもチームケアとか制度的な全体観のようなものが持ちづらかった。それが分かるようになって、責任を負える仕事も多少、できるようになってきて、これからだと思います。無責任に働いていた自分が、責任をとる立場になっても利用者の気持ちに添えるように動けるのか?まだまだ勉強することは山積です。とにかく先にあの世へ逝った利用者さん達に「あほか!考えたらわかるやろ!」と怒鳴られないように想像力を豊かにして頑張りたいと思います。

 事業所の売り文句は「真面目に楽しく」。そんな風に仕事ができたらエエなあと思ってます。まだ、できて間もないからヘルパーさんの数も多くないので、募集してます。お気軽にお電話ください。(おわり)
 

※この怪しげなしいたけ頭は、花どんこにあこがれるしいたけ『ドンコとトンコ』として踊ったりしている写真です。写真上手な利用者さんに撮影してもらいました。(専用のヘルパー付きで)
足元悪いし、結構暑かったのに私たちより元気で、何ショットも(「もっとよって!」とか「木に抱き付いて」とか)撮影してくださいました。



インタビューメニュー
1/4 飽き性の私を飽きさせない訪問介護の現場

2/4 いつの間にか仕事が以前のように面白いとは思わなくなっていることに気づいた

3/4 ヘルパーって、すごい仕事なんだと気づかせてくれた利用者さ

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