2013/06/10

5/5 介護現場での医療の専門性について

相良勇(さがらいさむ)さん
東京都目黒区・社会福祉法人愛隣会 特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)駒場苑

※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。

介護現場での医療の専門性について

 介護の現場では医療との連携が欠かせませんが、その難しさも痛感することがあります。
 思い出すのは浅沼さん(仮)のことです。

 浅沼さんが施設へ入所された当初、全身が硬直していたというか緊張していたというか、とにかく体がスムーズに動かない状態でした。目もとろんとして意識もはっきりしない。食事なども自分で食べられないため職員が介助です。手足が自由に動かないので食べられなかったのです。

 彼と出会い、しばらくすると薬の副作用が強く出すぎているように感じました。他のお年寄りと比べ明らかに全身の状態が違っていたからです。

 薬の処方内容を聞くと診断名に認知症が挙げられていたので、それに対する精神科系の薬が複数、処方されていました。なぜ、それらが処方されていたのかというと、情緒的にひどく不安定になってしまうことが関係していたそうです。

 ちなみに浅沼さんは以前は別の施設におられました。そこでの入居生活上、精神的な問題が大きくなり、それらの処方に至ったのだと思います。
 しかし、薬で行動や精神状態をコントロールするというのも度を過ぎると老人から自由を奪う、いわゆる「身体拘束(しんたい・こうそく)」(※3)になり、現行の制度では原則禁止されています。



 看護師に薬の量を減らせないか相談したところ、主治医に相談してくれ薬が少しずつ減ってゆきました。すると声の大きさがしっかりして目もぱっちりしてきました。トイレでも立てなかったのが立てるようになり、食事も自分で食べられるようになってこられました。薬を一種類、外すごとにどんどん良くなっていきます。

 ご家族曰く「父は元々、飲食関係の仕事に就いていましたし、自分でも食べることが大好きだった人。自分で食べられるようになり、すごく嬉しいです」と言ってくださいました。

 もちろん、いいことばかりではありません。意識がしっかりされてきたために情緒面での不安感も増してきたのか、不安を訴えるような言動も増えてきて職員の対応も忙しくなってきました。「すみません、すみません」と何度も同じことの確認のために職員を呼び止めるなど落ち着きのなさも出てこられました。体が大分、動けるようになってこられたので、このまま更に進むと職員の目が届かない所で転倒されてしまうかもしれません。

 しかし、先の方の例でもお話したようにご本人の周囲の環境などを整えていくことで何とか薬に頼らず支援できないものか模索したいと考えています。それが介護・福祉の専門家である私たちのやるべきことだと考えています。

 こうした介護現場における医療や薬のあり方を見ていると、その専門性について思う所があります。生活の場における看護の専門性は「もう良くならない」ことを判断するところに、一つあるのではないかということです。

 昨今、マスコミなどでも話題になることが多いですが、生理的に食べ物を受け付けなくなり食べられなくなった方に対して、無理させて食べさせたり、胃瘻(い・ろう)といって、胃に穴を開け、その穴から管で栄養を摂取したりして、その結果、誤讌性肺炎や嘔吐で入院し、最終的には病院で亡くなっていった方をたくさんみてきました。
でも、人はできることなら、家や住み慣れた施設で苦しまずに最期を迎えたいと思うはずです。

 だけど、いざ目の前にそうした老人がいると家族も介護職も心が揺れ動きます。老人の全身状態が一段一段、低下していく中で「まだ良くなるかも」「なにかできることはあるかも」と何かをやりたい衝動に駆られる。介護福祉職も栄養を(「食べてもらう」のではなく)「入れる」ことで老衰に抗(あらが)うという医療的な価値観(=医療モデル(治療モデル))にすがりつこうとしてしまいがちです。

 でも、客観的に考えると、当人が90代前後の場合、考えようによっては天寿を全うされたともいえるかもしれない。本人に意識があれば「無理やり、栄養を注入しないでもいい」と言いたいかもしれません。「もう老衰」「栄養を生理的に受け付けない」と言いたいかもしれません。

 でも、それは介護福祉職である私たちには判断できないことです。だからこそ、そこの判断や判断のための見解を医療職に示してほしいです。そこに介護福祉の場における、もう一つの医療の専門性があるのではないかと思うのです。

 医療の専門家が、医療的に限界ということを示すことで、家族も福祉職も「最期の残された時間にどう関われるのか」という(老衰を受け入れた状況下で残された時間をどう過ごしていくのか)という終末期の受容や本当の意味での生活の質に目を向けられるようになるのではないかと思うのです。
インタビューメニュー
1/5
生活に根差した仕事がしたかった
感情失禁の目立ったのヤマさん
2/5
排せつの意味
安全確保か自由か
3/5
リスクマネジメント
介護職員の不安
4/5
今日一日を楽しく過ごしてほしい
ご家族の重要性
5/5
介護現場での医療の専門性について

インタビュー後記

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