2015/09/10

3/5 身体拘束問題に向きあったシゲさんのこと

増田 信吾さん(2015.05
介護職員 東京都・有料老人ホーム勤務
(聞き手・本間清文)
※本文は個人情報保護の観点から事実とは異なる箇所があります。

身体拘束問題に向きあったシゲさんのこと

この10年程の介護職としての経験の中で、今も心に残るのは島田シゲさん(仮名)のことです。


当初、シゲさんは僕の勤務する介護棟ではなく、比較的、元気な方が入居する自立棟にいらっしゃいました。とはいっても、アルツハイマー型の認知症と診断されており、物忘れもかなりありました。さまざまな場面で声掛けや見守りをしないと日常生活が送れず、本当なら介護棟に移られてもよいような方でした。

それでも、周囲の入居者仲間から慕われる人柄も手伝って、周囲の手助けを受けつつ、なんとか自立棟での生活を送っていらした。

その時点では、僕のいる介護棟とは直接、縁はない方でした。たまに業務上、僕も自立棟に行くことがあり、その時には、シゲさんとも挨拶やちょっとしたお手伝いをする程度の関係性でした。

それがある時、シゲさんは部屋で転倒し骨折してしまった。それがきっかけで自由に歩けなくなり介護棟の方へ移って来られたのです。以後、シゲさんとこれまで以上に深く関わるようになり、シゲさんのいろんな面が見えてきました。

シゲさんは新聞等にもマメに目を通し、世の流れにも敏感な方でした。レクリエーションなども大好きで、歌を大きな声で歌ったり、集団レクも積極的に参加されます。周囲から慕われる人柄は、これまで通りの方でした。

当初、介護棟への住み替えはスムーズに行くかと思われました。しかし、ほどなくしてシゲさんの事がスタッフミーティングで問題に挙がるようになりました。「転倒の危険性」に関することでした。


転びそうになりながらも歩こうとする危険性

当時のシゲさんの移動方法は、基本的に車椅子によるものでした。車椅子から足を降ろし、その足で少しずつ床を蹴って、ゆっくりと前に進むのです。先の転倒以後、足腰はいよいよ弱くなり、自分では歩けなくなっていたからです。

もちろん、施設の中は何もない空間という訳ではなく、ソファやテーブルなどの車椅子移動にとって障害となるような調度類もあります。他の入居者もいらっしゃるし、ソファから足を伸ばしたり、歩いている方、車椅子の方もいます。

細い廊下などでは、そうした所を車椅子で直進できませんから、常識的に考えれば引き返すか、立ち止まるか、どいてもらうかのいずれかしかありません。

しかし、シゲさんは、そのいずれの方法も採りませんでした。どうするかというと、不安定な足腰で立ち上がり、足を出して、またぎ超えようとするのです。通路が狭く車椅子で通れる幅がなければ、周囲の壁などに手をつきながら、歩いて、通り抜けようとするのです。(本間注;認知症ゆえに理解力や判断力が低下し、危険なことを平気で行う老人は珍しくない)

意識がしっかりしていれば、まだよいのですが、それも定かでありません。半分、目を閉じて、寝ぼけたような様子で、小刻みに震えながら歩きます。足取りは不安定で、いつ転んでも不思議ではありません。

そんなシゲさんを見つけると職員は「シゲさん、危ないですよ」と声を掛け近寄り、車椅子に座ってもらいます。しかし、そのままでは、しばらくすると、また、シゲさんは立ち上がり歩き出そうとされ、危険です。(注;注意したことも忘れているため、同じ失敗を何度も繰り返すことも認知症老人の特徴のひとつ)

とりあえず、どこかへ歩いてまで行こうとする気持ちを切り替えてもらうために、好きなレクリエーションに参加してもらったり、関心のある新聞・テレビなどを見てもらい、気分転換を図ります。それで、一時はしのげますが、長くは続きません。

レクリエーションなどが終わると、手持ち無沙汰になるのか、再び車椅子で移動しはじめ、障害物で止まっては歩いて、通り抜けようとされる。その繰り返しでした。

しかも、この状態が昼間だけでなく、夜も続きました。昼も寝ないし、夜も寝ないんです。

(本間注;朝から日中にかけてウトウトと眠りこんだり、眠そうにし、夕方から夜間になると目が冴えてきて活動を始めたりする状態が一定期間、継続している状態を「昼夜逆転」という。昼間、何もすることがなく、ボーっとした時間を長く過ごす結果、居眠りなどをしてしまうことがきっかけとなりやすい。加えて、老人の場合は認知症関係の精神科薬などを服用している場合が多く、その副作用などから意識状態の低下が起きている場合もあり、若い人のように簡単には治らないことが多い。一般的には日中、デイサービスを利用したり、本人が興味を持って取り組める趣味などを通して、日中の活性化を行うことで夜間、しっかりと眠ってもらうようにして生活のリズムを作る。とりわけ、介護施設等では、夜勤帯の介護職員数が日中に比べ少なくなるため、転倒事故などが増える可能性が高くなる)

頓用の睡眠誘導剤が処方されており、それも飲んでもらうのですが、せいぜい2時間くらいしか眠れません。

 軽く足のマッサージをしたり、甘い飲み物を飲んでもらいリラックスしてもらうと、多少、ウトウトする時もありますが、焼け石に水。完全に昼と夜の生活リズムが壊れてしまい、常に意識が朦朧(もうろう)としている状態でした。

 おまけに認知症もありますから、輪をかけて理解力、判断力が低下していました。当然、安全に歩けるはずもなく施設内で軽く転んだり、尻もちをつくことが重なります。それだけでなく、自分の部屋と間違って他の利用者の部屋へ入り、そこのベッドで寝てしまい迷惑を掛けてしまうこともありました。

昼夜逆転の対策として、昼間、ご本人が好きな作業や活動などをしてもらい、充実した時間を過ごしてもらうことで、心地良い疲労や安心感を導き、そこから夜間の睡眠へとつなげていくものがあります。

 ところが、シゲさんには、そうした定石がまったく通用しませんでした。フラフラになりながら、昼も夜も寝ない方でした。このままでは大きな転倒事故を起こしかねないので、必要な箇所にセンサーを設置しました。シゲさんが一人で出歩こうとしたり、遠くへ行こうとするときには、センサーが知らせてくれるので職員が駆けつけるようにしたのです。

(つづく)

インタビューメニュー
1/5 施設が特別な場所だという感じはなかった

2/5 利用者と温泉旅行に行きたい

3/5 身体拘束問題に向きあったシゲさんのこと

4/5 身体拘束をするしかないか?

5/5 施設全体で一人の利用者のためにチーム編成

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