4/5 身体拘束をするしかないか?

増田 信吾さん(2015.05
介護職員 東京都・有料老人ホーム勤務
(聞き手・本間清文)
※本文は個人情報保護の観点から事実とは異なる箇所があります。

身体拘束をするしかないか?

現場のことを話し合う、ある日の職員会議において、シゲさんの転倒について意見が挙がりました。



「今の職員体制では、寝るまでの一人で移動している時間だけは安全が守れないから、身体を拘束(※5)するしかないのではないか」ということで意見が出されたのです。

※5「身体拘束」:身体拘束とは、介護が必要な老人の安全や健康確保のために、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛ったりすることを指し、介護保険上では、「身体的拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為」として原則的に禁止している。
 禁止行為には、「自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む」ことや「点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける」こと、「脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せ」たり「行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる」こと等が含まれる。
 身体拘束により生じる身体的弊害としては、関節の拘縮、筋力の低下、褥瘡の発生、心肺機能低下、感染症への抵抗力低下などがある。また、精神的弊害としては多大な精神的苦痛、認知症の進行、せん妄の頻発、家族への精神的苦痛、ケアスタッフの士気低などがある。さらに、それは同時に施設等に対する社会的不信なども生み出すことになる。
ただし、以下の3つの条件を満たす場合には例外的に身体拘束もやむを得ないとされている。
(1)切迫性:利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
(2)非代替性:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと
(3)一時性:身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること
※3つの要件をすべて満たす状態であることを「身体拘束廃止委員会」等のチームで検討、確認し記録することも必要
 なお、平成16年12月1日現在の調査では調査対象施設数12,366か所のうち1人でも身体拘束を行っている施設は、全体の64.3%に上っており、完全になくすことの難しさを物語っている。



 シゲさんとシゲさんを取り巻く状況について施設内で身体拘束(以下『拘束』)に関する例外3原則などを参考にしながら検討した結果、導き出された結論は次のようなものでした。

 シゲさんは、いつ転んでもよい程、不安定な状態で歩いているにも関わらず、その事実を自覚していません。転びそうになりながらも、平気で他の利用者の側を通ったり、すれ違ったりされるわけです。それは、いつ他の利用者を巻き込んでの事故に繋がってもおかしくない状況です。一人だけで転倒する場合は大事に至らないかもしれないが、他の利用者を巻き込んだ場合、大きな事故になる可能性は否定できない。ゆえに、その回避のためには一時的にせよ、拘束するしかない、と。それを聞いて、残念ではありますが、僕もやむを得ないかなと思いました。
 

 しかし、それでも僕たちは拘束する決心がつきませんでした。諦めきれなかった上層部達の間で、拘束回避策について、何回も話し合いが持たれました。

そして、ある日、施設長が介護以外のスタッフも含む全てのスタッフを集め、こんなことを言ったのです。

「シゲさんの拘束については、特に直接的な排泄介助などの介護が必要だから行うという結論に至ったのではありません。夜勤職員が少ない人数で業務として他の利用者への対応に当たるので、その間、目が行き届かなくなるからです。施設としては苦渋の決断として、一度は「やむなし」としました。
しかし、もしも、夜勤職員が様々な業務をしている間、誰でもいいから、シゲさんのソファの隣に座り、話し相手となって側についているだけでシゲさんは一人で歩き出そうとしません。転倒も起こりません。身体拘束の必要性も起きないのです。

特に夜間帯の夜9時頃までは介護スタッフは、他の利用者への対応や他の介護スタッフでなければできない業務などがあるため、シゲさんの対応ができません。しかし、21時以降、つまり施設が消灯し、他の利用者が就寝されたら介護スタッフの業務にも余裕ができシゲさんへの対応にも当たれるといいます。

みなさん、ご存知のように身体拘束は現在、生活の場では原則、やってはいけないことになっており、それを行うことは「やむを得ない理由」が求められます。これは、介護スタッフだけの問題ではなく、当施設全体にとっての大きな問題として考えなければならないと思います。

そこで、この施設で働く介護スタッフ以外のみなさんに相談があります。夕方から夜9時までの数時間だけ、介護スタッフ以外の職員が日毎、交代制でシゲさんの話し相手になり、見守る対応をお願いできないでしょうか。

同時並行的に全社挙げての再検討に入ります。シゲさんやシゲさんを取り巻く環境を入念に情報収集、分析し、そこから危険性の分析、そして打開策を検討してゆきます。それまでの間、介護スタッフ以外の協力を仰ぎたいのです。」と。
(つづく)

インタビューメニュー
1/5 施設が特別な場所だという感じはなかった

2/5 利用者と温泉旅行に行きたい

3/5 身体拘束問題に向きあったシゲさんのこと

4/5 身体拘束をするしかないか?

5/5 施設全体で一人の利用者のためにチーム編成