3/6 仕事か母か、どちらを選ぶべきか

インタビュー

3/6 仕事か母か、どちらを選ぶべきか

三島 史津子さん
(通所介護「くらしや朗幸(ろこ)」代表)埼玉県川越市
(聞き手・本間清文)
※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。

仕事の方はどうだったのかというと、一応は続けている状態でした。当時、たまたま社長のご家族も健康状態が芳しくなく、似た境遇からか私や母のことも同情してくださったのだと思います。そうした事情もあり仕事を休むことは快く許してくださったのですが、私の中では心中複雑でした。
  
先にも話したように母自身がずっと仕事をしていたこともあり、しょっちゅう母から「仕事を休んで関係者に迷惑を掛けてはいけない」と聞かされていました。仕事の大切さをことあるごとに聞かされ育てられていました。

会社といっても核となる社員は10人に満たない小さい会社でしたから、一人が長期欠勤すれば必ず誰かにしわ寄せが行きます。仕事を多く休んでしまうことに対し非常に心苦しかったのです。

介護休業制度の使用も考えましたが日数的には90日程度しかありません。でも、母の介護はこれから先、何年かかるか分らない、どのようになるのかも分らない、そうした状況で介護休暇というのも使いづらいように思え、有給休暇を消化して母の介護、看護に関する手続きなどをしました。

丁度、その頃、リーマンショックが起こり世界的に景気が悪化しました。我が社も例外でありません。

社長が言いました。「景気の悪化で今以上によりよくなることはないだろう。会社も今後は規模を縮小せざるを得ない。あんたが男ならもっと会社の運営に大きく関わってもらってと空想したこともあったけど、それも無理なことであきらめるしかない。あんたはあんたでお母さんのことも考えなければならない。一度、じっくり冷静に立ち止まって今後のことを考えてみてもいいんじゃないのか」と。

振り返れば、母が倒れて以来、何カ月もの間、ロクに仕事ができていなかった自分にあらためて気付かされました。

だけど仕事上はまだまだ気がかりな案件がありました。周期的に大規模なリニューアルが必要で、丁度そんな時期に来ていました。海岸沿いのクレーンの電気設備を更新するプロジェクトなど大きなものも迫っていた時期でした。

先にも言ったとおり母からは何度も仕事の大切さを聞かされていた私です。気になるプロジェクトをそのままにしたまま仕事を辞めることはとても無責任に感じられたのです。

仕事か母か、どちらを選ぶべきか。悩みましたが、私にとっては母の世話の方が大事だった。それが何よりもの優先事項でした。だから仕事を辞める方を選んだのです。

その後、我が家に母を引き取り二人の生活が再開しました。だけど母には仕事を辞めたことは話せませんでした。あれだけ仕事の大切さを口にしていた母です。その娘が母のために仕事を辞めたなんて、とても辛く思ったはず。

だから、その後、在宅での介護が始まったのですが、母の前では今まで通り朝になったら「行ってきます」と会社へ出かけるふりをしていました。そして、母がデイサービスに出かけたら私が家に戻る、そんな生活でした。

話は前後しますが会社を辞めた私はその後の自分の行き先を模索していました。母のことも大事ですが仕事もしなければなりません。失業保険をもらいながらハローワークで仕事を探していると、2年制の介護福祉士の学校を見つけたのです。調べてみると学費の助成もあります。そこで、その学校へ進むことを決めました。

同時に母の介護保険利用のための手続きも進めました。要介護の認定を受けケアマネジャーを選びデイサービスやヘルパーを利用し始めたのです。(つづく)

1/6商社在勤中に襲った母の入院
2/6病院そして回復期リハ病院へ
3/6仕事か母か、どちらを選ぶべきか
4/6母は本当にどうなっちゃったんだろう
5/6自分の心の中の大黒柱はやはり母だったんだ
6/6
「持ちより介護」できないかな